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下請法とは
下請法とは、その正式名称を「下請代金支払遅延等防止法」といい、その名の通り、下請代金の支払遅延をはじめとする親事業者による不当な行為から、下請事業者を保護することを目的としています。「優越的地位の乱用」その他の不正競争行為を取り締まる独占禁止法の特別法として位置づけられています。
独占禁止法においては、自由競争そのものを保護するという観点から不正競争行為を取り締まる一方、下請法においては、「適正下請取引」の実現を通して、中小規模の下請事業者を保護することを目指しています。そのため下請法は、独占禁止法において必ずしも保護法益とされていない中小企業者の保護という産業政策的な使命を担っているといえます。
独占禁止法は、公正な競争環境の確保を使命としており、中小企業を保護するということは、それだけ自由競争に対して政府が干渉することとなるため、独占禁止法の論理からすると避けるべきこととなるのですが、これは当事者の力関係により具体的な正義に即さない場合があるため、下請法がこうした場合について規制しています。
こうした趣旨から、下請法の適用対象というのは、法律上限定的に定められており、これらに合致する場合でなければ規制の対象となりません。
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下請法第一条:この法律は、下請代金の支払遅延等を防止することによつて、親事業者の下請事業者に対する取引を公正ならしめるとともに、下請事業者の利益を保護し、もつて国民経済の健全な発達に寄与することを目的とする
こうした目的を実現するため、下請法は親事業者に対して、下請事業者に対する情報提供義務や法定書類の作成保存義務を課し、さらに11類型の禁止行為を定めています。このような下請法の規律に親事業者が違反した場合には、公正取引委員会による報告徴求や立入検査の対象となり、一定の義務違反に対しては刑事罰が定められています。
下請法の適用対象
下請法は、全ての取引に対して適用されるものではなく、法定された特定の類型に当てはまる取引に対してのみ適用されます。下請法の適用を受けるかどうかの基準として、資本金区分および取引区分があり、そのいずれにも該当する取引に対して下請法が適用されます。
資本金区分
資本金区分とは、発注者である親事業者の資本金規模が一定額以上であり、かつ受注者である下請事業者の資本金規模が一定額以下であることを求める基準です。
これらの基準に該当しない場合には、取引区分を検討するまでもなく、下請法の適用はありません。なお50%以上の議決権を所有することによる支配関係にある親会社と子会社間およびグループ会社間の取引にあたっては、形式的に資本金区分に該当する場合であっても、下請法は適用されないとされています。
資本金区分①
物品の製造委託、修理委託
プログラムの作成委託、運送,物品の倉庫における保管,情報処理の役務提供委託
親事業者が資本金3億円超 かつ 下請事業者が資本金3億円以下
親事業者が資本金1千万円超 かつ 下請事業者が資本金1千万円以下
資本金区分②
上記以外の情報成果物の作成委託、役務提供委託
親事業者が資本金5千万円超 かつ 下請事業者が資本金5千万円以下
親事業者が資本金1千万円超 かつ 下請事業者が資本金1千万円以下
資本金区分としては、資本金3億円の区分が適用される取引と資本金5千万円の区分が適用される取引の二種類があります。原則として、物品の製造委託と修理委託以外は資本金5千万円の区分に分類されます。
なお広告デザインの作成委託(情報成果物の作成委託)とその広告の印刷委託(物品の製造委託)のように複数の資本金区分に該当する業務を一体として下請代金の区別をせずに委託した場合には、上記の二つの資本金区分のいずれかに該当すれば下請法の適用対象となります。
ただし、プログラムの作成委託(例:会計ソフトやゲームソフト等の作成委託)と運送業および倉庫業における役務提供委託、そして情報処理にかかる役務提供委託(例:受託計算サービスや情報処理システムの運用等の委託)については、政令により3億円の資本金区分が適用されます。
取引区分
下請法に定められた取引区分は、取引の内容により類型化されています。原則として、その委託取引が再委託に当たる場合や、委託元が販売する製品や提供するサービスについての委託取引に当たる場合のように、委託元が「業として」行う業務を外部に委託する場合が、下請法の適用対象となります。既成規格による製品の売買取引のように、業務委託の要素がなく「下請」とは言いえない取引に対しては、下請法は適用されません。こうした「下請」概念を類型化したものが以下の取引区分といえます。
下請法が定める取引区分としては、以下のように「物品の製造委託」「物品の修理委託」「情報成果物作成委託」「役務提供委託」の四つがあります。これらの取引区分に該当しない取引については、下請法が適用されない取引となります。
取引区分①
物品の製造委託
下請法2条1項
物品の製造委託の場合には、下請法において4つの類型が定められています。
類型1
事業者が業として行う販売の目的物の製造を他の事業者に委託すること
例:家電メーカーが、家電の部品の製造を他社に委託する
類型2
事業者が業として請け負う製造の一部を他の事業者に委託すること
例:半導体メーカーが、半導体の部品の製造を他社に委託する
類型3
事業者が業として行う物品の修理に必要な製造を他の事業者に委託すること
例:時計メーカーが、修理サービスに必要な部品の製造を他社に委託する
製品そのものの製造に限らず、その半製品、部品、附属品さらに原材料の製造委託も、上記に含まれます。製品の製造に用いる金型を製造する場合も同様です。
類型4
事業者が自ら使用し又は消費する物品の製造を業として行う場合に、その製造を他の事業者に委託すること。
例:産業機械メーカーが、自社工場で使用する産業機械の製造を自社で実施している場合に、その一部を他社に委託する
委託元の事業者がたとえ外部への製造販売目的ではなく自社使用を目的として製造をしている場合であっても、それが「業として」と言いうるほどに反復継続性がある場合には、その製造を他社に委託する場合に、下請法が適用されます。
取引区分②
物品の修理委託
下請法2条2項
物品の修理委託の場合には、下請法において2つの類型が定められています。
類型1
事業者が業として請け負う物品の修理を他の事業者に委託すること
例:自動車の修理業者が、顧客から請け負った修理を他社に委託する。
類型2
事業者が自ら使用する物品の修理を業として行う場合に、その修理を他の事業者に委託すること
例:産業機械メーカーが、自社工場で使用する産業機械の修理を自社で実施している場合に、その一部を他社に委託する
下請法における「修理」には、メーカーや小売店が顧客に対して提供する修理サービスや、製品の保証期間中における修理等も含まれ、委託元の工場内等に出向いて行う修理も、それが労働者派遣に該当しない限り、下請法の適用があります。
取引区分③
情報成果物の作成委託
下請法2条3項
情報成果物の作成委託の場合には、下請法において3つの類型が定められています。
類型1
事業者が業として提供する情報成果物の作成を他の事業者に委託すること
例:放送局が放送する番組の作成を他社に委託する。
類型2
事業者が業として請け負う情報成果物の作成を他の事業者に委託すること
例:システム開発会社が、請け負った開発を他社に委託する。
類型3
事業者が自ら使用する情報成果物の作成を業として行う場合に、その情報成果物の作成を他の事業者に委託すること
例:システム開発会社が自社使用するシステムを自ら開発している場合に、その開発を他社に委託する。
ここで「情報成果物」とは、以下の3つを言います。一般に知的財産とされる成果物と類似しますが、知的財産としては必ずしも保護されないような成果物であっても、下請法の情報成果物に該当する可能性があります。
プログラム:会計ソフト、顧客管理ソフト、ゲームソフト等
コンテンツ:映画、テレビ番組、CM、動画、音楽、アニメ等
デザイン・文章:容器包装デザイン、広告デザイン、設計図、報告書等
取引区分④
役務提供委託
下請法2条4項
役務提供委託の場合には、下請法においての取引類型は1つしかありません。
類型1
事業者が業として提供する役務を他の事業者に委託すること
例:ビルメンテナンス会社が、その提供するメンテナンス業務を他社に委託する。
なお下請法上、自ら使用する役務の提供を受けることは、「下請」とはみなされず、下請法の保護を受けないため注意が必要です。例えば弁護士その他の士業が提供する役務や、個人事業主である音楽家が劇場で演奏するような場合は、原則として下請法の適用がありません。
トンネル会社規制
形式上は上記の資本金区分や取引区分を満たさないような場合においても、その実質の面から下請法の規制が加えられることがあります。そのひとつが「トンネル会社規制」です。
親事業者がトンネル会社に業務を委託し、トンネル会社がその業務を下請事業者に再委託する場合、その親会社と下請事業者間で下請法の適用が判断されます。トンネル会社にあたるかどうかは、親会社がそのトンネル会社を実質的に支配しているかどうかにより判断され、過半数の議決権を有する場合はもちろん、多数の役員が兼任である場合等にトンネル会社に該当します。
親事業者の義務
上記の資本金区分と取引区分に該当し、下請事業者との取引が下請法の適用を受ける場合、委託元である親事業者には以下のような義務が発生します。
3条書面の交付義務
5条書面の作成保存義務
下請代金の支払期日を定める義務
下請代金の支払いが遅延した場合に、法定の遅延利息を支払う義務
法定の禁止行為を下請事業者に対して行わない義務
これらの義務を遵守させるため、公正取引委員会、中小企業庁長官および事業者の主務官庁に対して、親事業者および下請事業者への報告の徴求と立入検査の権限が認められています。中小企業庁は、令和元年に855社への立ち入り検査を行い、うち766社において改善指導を実施しています。
なお書面の交付義務と作成保存義務に対しては、親事業者である法人とその代表者をはじめとする従業員は、50万円以下の罰金刑の対象となります。罰金刑の総額は、令和元年において1億3,800万円となっています。
上記の実績からも明らかなように、下請取引の適正化はいまだ実現の途上にあるといえます。そのため業界標準となっているような商慣習であっても、下請法上は不当な取引とされるリスクもあるため、親事業者においては、意図しない義務違反行為をしないよう注意を払う必要があります。
3条書面の交付義務
3条書面とは、下請取引を発注するにあたって、親事業者が下請事業者に対して交付しなければならない書面です。下請取引の内容について、法定の事項を記載しておかなければなりません。記載事項の内容は、下請法において「下請事業者の給付の内容、下請代金の額、支払期日及び支払方法その他の事項」と定められており、公正取引委員会規則によりその詳細が規定されています。
3条書面の内容
3条書面の記載事項としては、以下の事項を記載しなければなりません。法定の事項が記載されていれば、特に定められた様式はないため、自社仕様の発注書や専用書式でも問題はなく、書面の枚数や押印の要否についても規制はありません。
親事業者及び下請事業者の名称
下請事業者の給付の内容:品名及び規格・仕様等
下請事業者の給付の期日:納 期
下請事業者の給付の場所:納入場所
納品検査をするときは、検査を完了する期日:検査完了期日
下請代金の額
下請代金の支払期日
下請代金の支払い方法
下請代金の支払いを手形その他の方法で行う場合には、その手形期間等についても記載する必要があります。また下請事業者に対して原材料等を有償支給する場合や、下請取引に伴い発生する知的財産を親事業者が取得する場合には、その内容や対価についても記載します。
これらの記載事項について、発注の段階で確定させることが困難である場合には、「内容が定められない理由」および「内容を定める予定期日」を書面に記載し、内容が確定した段階で別途に補充書面を交付することも認められています。「内容が定められない理由」としては、「前例のない開発につき、詳細仕様が未確定であるため」などの簡潔な理由で足りるとされています。
3条書面の交付
3条書面は、発注後「直ちに」下請事業者に交付しなければなりません。「直ちに」とは、法律用語としては「速やかに」などと異なり、事務処理上の都合などによる遅延をも許さない趣旨ですので、発注後に契約書の押印処理が遅れているような場合には、別途に3条書面を交付する必要があります。
交付の方法としては、紙媒体の書面による他、電子メール等による方法も認められています。ただし電子メール等による場合には、下請事業者の承諾を得なければなりません。
5条書面の作成保存義務
5条書面とは、下請取引にあたって、親事業者が作成し、一定期間保存しておかなければならない書面です。記載事項の内容は、下請法において「下請事業者の給付、給付の受領、下請代金の支払その他の事項」とされており、多くの事項は3条書面と重複します。ただし5条書面においては、発注後に現に行われた取引の経緯を記録する必要があるため、単に3条書面の写しをもって5条書面とすることはできません。
5条書面の内容
5条書面の記載事項としては、以下の事項を記載しなければなりません。法定の事項が記載されていれば、特に定められた様式はありません。
下請事業者の名称
下請事業者の給付の内容:品名及び規格・仕様等
下請事業者の給付の期日:納 期
下請事業者の給付の場所:納入場所
納品検査をしたときは、検査を完了した期日:検査完了期日
検査に合格しなかった給付があるときは、その取扱いの内容
下請代金の額
下請代金の増減があったときは、その額および理由
下請代金の支払期日
下請代金の支払い方法
なお3条書面と同様に、下請代金の支払いを手形その他の方法で行う場合には、その手形期間等についても記載する必要があります。原材料等を有償支給した場合についても、その内容と対価について記載します。
5条書面の保存
5条書面は、作成後2年間保管しておかなければなりません。下請法の違反事例としては、3条書面の交付義務に次いで、5条書面の未保管により改善指導を受ける事例が多いため、研修の実施やマニュアルの整備などの社内体制の構築が求められます。
下請代金の支払い
親事業者は、下請事業者に対する下請代金の支払いを、納期から60日以内に行わなければならず、それ以内のできるだけ短い期日を支払期日として定めなければなりません。なお「〇日以内」や「〇日まで」などのような期日の定め方では、具体的な支払期日が明らかとならないため下請法に違反するとされています。
なお支払期日から支払いが遅延した場合には、下請事業者に対し、年率 14.6%の遅延利息を支払う必要があります。
親事業者の禁止行為
下請法においては、下請事業者を保護するため、親事業者に対して以下のような11の禁止行為を定めています。これらの禁止行為を行った場合には、公正取引委員会等による報告検査の対象となり、改善指導を受けるおそれがあります。これらの禁止行為は罰金刑の対象ではありませんが、改善指導を受けた場合にはあわせて企業名が公表されるため、企業の信用やイメージの毀損につながります。
代金関係
下請代金の支払遅延の禁止 :支払期日までに下請代金を支払わないこと
下請代金の減額の禁止:あらかじめ定めた下請代金を減額すること
買いたたきの禁止 :著しく低い下請代金を不当に定めること
支払関係
早期決済の禁止:有償で支給した原材料等の対価を、下請代金の支払期日より早い時期に相殺したり支払わせたりすること
割引困難な手形の交付の禁止:一般の金融機関で割引を受けることが困難な手形を交付すること
受領関係
受領拒否の禁止 : 注文した物品等又は情報成果物の受領を拒むこと
返品の禁止 : 受け取った物を返品すること
不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの禁止:費用を負担せずに注文内容を変更する他、やり直しをさせること。
強要の禁止
利用強制の禁止:親事業者が指定する物や役務を強制的に購入・利用させること
不当な経済上の利益の提供要請の禁止:下請事業者から金銭、労務の提供等をさせること
報復の禁止
報復措置の禁止:下請法違反を公正取引委員会等に通知した下請事業者に対して不利益な取扱いをすること
下請法違反事例
親事業者の義務に対する違反事例としては、下請代金の支払いの遅延や下請代金の減額に関するものが際立って多くなっています。親事業者において、事務処理上の締切日間近の納品について翌締切日で処理するため支払日が60日を超えた事例や、検査の完了をもって納品とみなす制度のため納品から支払いまでが60日を超えた事例、「協力金」「販売促進費」「手数料」などの名目で下請代金を一部控除する事例においても、これらの禁止行為に該当します。
委託元での事務処理上の便宜のため下請取引の処理を遅延させたり、製品を輸出するための関税や災害からの復旧費などの委託元で発生するコストを下請事業者に転嫁したりする場合、これらの行為は違反行為となるおそれがあります。また委託元が一方的に仕様や納期を変更し、これに対して下請事業者が対応できない場合に、契約の解除などの方法により受領の拒否や返品などを行うと、下請法に違反してしまうことがあります。
このように下請法の禁止行為は下請取引の発注から決済まで様々な段階に及んでいるため、その違反行為には営業部、経理部、調達部など多数の部門が関与する可能性があります。下請適正取引を遵守してwin-winの取引を実現し、さらに企業の信用を守るため、商慣習の見直しにとどまらず、研修の実施やマニュアルの作成など、社内体制を長期的に整備していくことが求められます。