契約の成立
契約書の「成立」の日付としては、契約書の記名押印日と契約の有効期間の始期のふたつを考えることができます。一般にこの二つの日付は同一であることもありますが、(1)取引自体は開始しているものの、記名押印処理が済んでいない場合(2)契約書をあらかじめ締結したものの、取引自体はいまだ開始していない場合(3)契約書の更新手続きをしていなかったものの、取引自体は更新されている場合など、事業部の取引と法務的な処理が前後した場合に、これらの日付が一致しない場合もあります。
記名押印日
契約書の記名押印日とは、文字通り当事者が契約書に対する押印処理を終えた日付であり、一方当事者が押印した契約書の正副二通を相手方に送付し、受領した相手方が押印し、副本(または正本)を返送することにより記名押印が完了します。この日付は、一般には契約書の末尾の記名押印欄に記載されます。民法上は「契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示に対して相手方が承諾をしたときに成立する」(522条)とされています。
有効期間の始期
これに対して契約の有効期間は、契約書上で「本契約は〇年〇月〇日から〇年間効力を有する」として書面上合意された期間です。この期間は、契約書の記名押印日とは形式的には無関係であり、当事者が合意する限り、過去または将来の任意の期間を指定することができます。もっとも「本契約は本契約成立の日から〇年間効力を有する」と規定した場合には、「本契約成立の日」は上記の記名押印日であると解釈されることとなります。
これら二つの日付が異なる場合には、契約の記名押印日が先行する場合には、その契約は「期限付き契約」(民法135条)となり、期限の到来によって権利義務の請求が可能となります。これに対し契約の有効期間が先行する場合には、その時点から当事者が権利義務を負担していたとこととなり、これに既に違反していた場合には契約違反を構成し、未払いの債務があれば、これを負担することとなります。
バックデート
契約の締結に当たり、いわゆる「バックデート」という処理がなされることがあります。バックデートとは、実際の記名押印の日付にかかわらず、過去の日付を記名押印の日付として契約書に記載することにより、契約がその時点から成立しているとみなす処理を指します。バックデートは、当事者の社内手続きの進捗に左右されずに記名押印日を決定できる便宜な処理ですが、現実の記名押印日と書面上の記名押印日が齟齬することとなるため、仮に契約の成立時期ないしは契約の成立そのものについて、疑義や紛争が発生した場合に、いずれの日付を契約書の成立とするかについて争点となるリスクがあります。
したがって仮に過去の日付を契約成立の日として特定したい場合には、契約の有効期間をその過去の日付に設定した上、記名押印日としては、現実の記名押印日を記載することが望ましいといえます。このような処理とすることにより、契約の成立に関する疑義がなくなるためです。
みなし成立
英文契約におけるレター形式の契約書のように、一方当事者が記名押印した上、取引の条件を記載した書面を相手方に送付し、これに対する返送を要しないこととした場合、相手方がその取引を実際に実行すれば、その時点において当該契約書の条件に合意したものとみなされるという場合もあります。動産の売買のように定型的な取引の場合や、急速を要するようなケースでは、このような処理もあり得ます。ただし契約の成立に関する疑義を避けるため、重要な取引の場合には、事後に改めて覚書等により双方の当事者の合意を書面化しておくことが望ましいでしょう。
平常取引の成立
なお民法上は「申込者の意思表示又は取引上の慣習により承諾の通知を必要としない場合には、契約は、承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立する」(527条)とされ、また商法上は、商人がその平常取引について申し込みを受け、これに対する諾否の応答をしない場合「その商人は、同項の契約の申込みを承諾したものとみなす」とされています。したがって店舗での陳列商品の購入や常時提供している役務の購入のように、契約書を取り交わすことが通常想定されない取引であれば、承諾の意思表示を要することなく契約が成立する場合があります。